小説「掌の記憶」序章
― 静けさの輪郭
「おはようございます!」
交差点の向こうから呼びかける声に、老夫婦が微笑みながら頭を下げた。
ランドセルを揺らす少年が、通りかかった店先のおじさんに声をかける。
目と目があえば、誰かの存在を受け止めるように自然と声を掛け合える。
そんな温度のある関係が、この街の日常には根付いていた。
朝の空気は清々しく、風にのって微かにパンの香りが漂う。
芝生は朝露をまとい、噴水で鳥が水浴びをしている。
人々やベビーカーが行き交い、木漏れ日の中で学生が語り合う。
その光景は、心の豊かさというものが風景に定着していることを感じさせた。
この街は、構造も少し特別だ。
中心には、超巨大な「公園広場」があり、音楽ステージ、読書テラス、遊具や健康器具までが、緩やかに配置されている。
まるで“人の営み”そのものを包み込むように設計された憩いの空間だ。
そこから、四車線ほどの幅広いレンガ敷きの「遊歩道」が放射状に四方へと伸びている。
整然と美しく、季節の花が咲く花壇と、規則正しく植えられた街路樹が影を落としている。 日中でも木陰が途切れず、歩く人々の表情は自然と穏やかだ。
歩道脇のベンチや噴水、静かに流れるクラシック音楽 。
──あらゆるものが、ここに流れる時間を「柔らかく」していた。
この遊歩道と遊歩道のあいだ、扇型に広がるエリアに「商業施設」は点在している。
どの建物も控えめな低層構造で、過剰な主張はない。
自然派のベーカリー、古本屋、手芸用品店、八百屋、喫茶店などなど。
この街の静けさに溶け込んだ佇まいで、暮らしに寄り添っていた。
さらに外側、遊歩道の終点には、環状道路を挟んで「居住エリア」が広がっている。 戸建てや低層の集合住宅が整然と並び、学生寮、高齢者の平屋群も共存する。
世代を越えた隣人との関係がごく自然に築かれる雰囲気だ。
最外周には、さらに環状道路が整備され、水素バスがそこを静かに循環している。
自家用車の導入は制限されているため、自然と静かで穏やかな街になっているようだ。
この環状都市を外部と結ぶ接点として、列車駅も四方に存在しているが、 出入りも緩やかに制御されているため、この街は一つの共同体として保たれている印象がある。
ちなみに、暮らしに必要となる行政機関や医療センター、物流設備といった施設は、 すべて地下に集約されており、地上はまるごと「人々の交流」の場となっていた。
そんな場所で、僕は17年間、整骨院を営んでいる。
「きらきら整骨院」という、小さな院だ。
遊歩道から一本離れた、花壇の脇にあるレンガ塀の建物で、看板も控えめ。
けれど、必要としてくれる人は、迷わずここを訪ねてきてくれる。
この街には、“心が触れ合う場所”がいくつもある。
そのひとつに、自分の院もなれていたら──そんな想いで、日々を過ごしている。
◆
その静寂をたたえた穏やかな街は、いつもとは違う朝を迎えることになる。
白く無機質なフェンス。
居住エリアからでも目視できるほど巨大な「柵」は、 中央広場と南西の遊歩道の一角にそびえ立ち、景観を遮断していた。
「……あれ、今年の櫓(やぐら)ってあんなだった?」
「え? いや、これ……櫓じゃないでしょ」
「店舗か何か……?でも流石にでかいよねー」
昨日まで影も形もなかった無粋な建造物に向かって、街の人はあれこれと噂する。
柵に貼られた掲示には、昨年と同じような告知がされていた。
──「フェスティバル開催のお知らせ」
期日:今週末
会場:中央広場および周辺遊歩道
内容:伝統演舞・屋台・ステージイベントなど多数予定!
この街では、四年に一度の「お祭」があり、この週末からおこなわれる予定だった。
しかし、例年とは異なる景色に、人々は困惑と不安の入り混じった視線で柵を眺めていた。
隙間から中をうかがうと、光沢のある箱型の構造体がいくつも並ぶように建っていて “プレハブ”と呼ぶには、ちょっと完成され過ぎていて、不自然な雰囲気を醸している。
その光景は──日を追うごとに、広がっていった。
夜になると、柵の中にはライトが点灯し、作業音のような微かな振動が空気に混じる。 「誰が建てているのか」について誰ひとり答えられる者はいなかった。
市役所の職員に問い合わせても「確認中です」の一点張り。
そして翌朝になると、また構造物が増えている。
大きな公園広場の芝生や、幅広い遊歩道の石畳は、見えるところの方が少ない。
撤去されて道の片隅に寄せられた花壇を見つめて涙ぐむ老婦人。
遊歩道を行き交う人々の笑顔もいつもより強張って見える。
まるで何かが、街の“感情の根”に触れてきているかのように。
不安が積もる中、フェスティバルは予定通り──その週末、開幕を迎えた。